愛するみなさま、こんにちは。
まえじまようこです。
ブログを読んでいただきありがとうございます。
私の住む関東地方も梅雨入りしました。
せっかくきれいにした髪が、湿度でぼわぼわになってしまうのは悩みではありますが、
雨の日が好きな私は「雨を楽しむ楽しみ」ができて、嬉しい気持ちでもあります。
私は傘マニア、雨の音、雨の日の匂いが大好きなんです。
アメブロ「恋と仕事の心理学」に投稿しています。

「今日もまた愚痴を聞かされるのかな」
「私ばっかり我慢してる?」
そんなふうに、誰かの愚痴を聞くのがしんどいと感じているあなたへ。
あなたが冷たい人だから、そう感じるのではありません。
あなたのやさしさと深い愛情が、その辛さを生み出しているのかもしれません。
どうして愚痴を聞くこととで疲れてしまうのか、その本当のわけを紐解きながら、
あなた自身を大切にするための具体的なステップをお伝えします。
もう我慢しなくても大丈夫。
あなたのやさしい心を、今はあなた自身に向けてあげるときなんです。
愚痴を聞くのがしんどいときは、あなたにやさしくしてあげるとき
愚痴がつらいのは、あなたがやさしいから
「ランチタイムが一緒になるたびに、ある同僚から愚痴を聞かされるのが憂うつなんです。」
そうお話ししてくださったA子さん。
「最初は聞いてあげなきゃって思ってたんですけど、その人愚痴ばっかりで。私もう限界なんです。
『それって、あなたにも原因があるんじゃない? こうしてみたら? 』って、言いたくなるのを我慢するのもしんどくて。」
職場の同僚に限らず、友人、ママ友、パートナーや家族に愚痴を聞かされて、疲れてしまうとしたら…。
そんな方は、とても心やさしい愛情深い方なんですね。
愚痴を聞くことで悩むのは、
「愚痴を言いたくなる気持ちもわかるよ」って、相手のことを受け入れたい気持ちがあるからこそだし、
「私が聞いてあげることで、この人の気持ちが少しでも楽になるなら」と、相手に寄り添いたい気持ちがあるからなんですよね。
相手のことをどうでもいいと思っているのなら、距離をとって愚痴を聞かなければいいだけのことで、悩むこともありません。
同僚の愚痴に嫌悪感を抱きつつも、突き放すことができないのは、A子さんのやさしさが働いているからなんですね。
でもそれで、疲れてしまって、しんどく感じるのだとしたら…。
あなたの中にある、相手を受け入れたい、寄り添いたいと思うやさしさを、今あなたに向けて使ってあげることが大切なのではないでしょうか。
幼い日、私も愚痴の聞き役だった
A子さんは幼いころ、お母さんの愚痴の聞き役だったそうです。
そういう私も、幼いころから母の愚痴の聞き役でした。
私の母にしてみれば、気難しい夫に、義母との同居、年子の娘たち、そして次女には病気があって、毎日がいっぱいいっぱいだったと思うんです。
あのときの母は、長女の私に聞いてもらうしかなかったんだなって、今だから理解できるのですが。
幼かった私にはどうすることもできなくて、愚痴の聞き役になることしかできませんでした。
「お母さんは大変だから聞いてあげないと。
でもこんなこと聞かされても、私は何もしてあげられないよ。
私はお母さんを楽にしてあげられないし、笑顔にしてあげられない。」
私はそんなふうに、無力に感じていたように思います。
母の愚痴を聞く中で生まれた「母の役に立ちたい、支えになりたい。」と言う思いは、
今現在の私の「悩んでいる誰かの役に立ちたい、支えになりたい、何とかしてあげたい。」という気持ちにつながっているのだと思います。
A子さんも、愚痴を言うお母さんを嫌悪しながらも、お母さんの役に立ちたかった、笑顔にしたかったという、あの時の思いを同僚に映し出して見ていて、
助けてあげられなかったお母さんの代わりに「この人を助けてあげたい、何とか力になりたい。」と感じているのではないでしょうか。
「聞き役」は自分の役割じゃない
幼いころから身近な人の愚痴を聞いてきたり、ネガティブな感情に触れてきた方は、人の感情に対する感受性がとても高くなっていることがあります。
ちょっとした表情の変化だったり、声のトーンなどから、相手の不満や苦痛を敏感に感じ取る力を持っている方も多いです。
この感じ取る力は、相手を思いやるやさしさにつながる一方で、相手のネガティブな感情に必要以上に反応して疲れてしまう、しんどく感じてしまうわけなんです。
また、親の愚痴を聞かされてきた経験のある方は、聞き役であることが自分の役割で、それが自分の存在価値であると思い込んでしまっていることがあります。
「私さえ我慢すればうまくいく」という考え方のクセを持ちやすく、相手の愚痴に対してもただ我慢してしまうことが多いのではないでしょうか。
あなたが幼かったとき、完璧に見えていた両親も実は未熟で悩みを抱えていました。
あのときのお母さんは、幼いあなたに愚痴を聞いてもらうしかなかったのかもしれません。
でも今、愚痴を聞くことはもうあなたの役割ではないんです。
「私はもう、愚痴の聞き役でなくていい」そう自分に言ってあげてみてください。
自分の「嫌だ」という気持ちを、今こそ大切にしてあげてほしいんです。
「本当は愚痴なんか聞きたくない、しんどい」というあなたの心の声を、しっかりと聞いてあげるときなのではないでしょうか。
あなたがこれまで誰かの愚痴を聞いてきたように、これからはあなたが、あなたの心の声を、あなたの心の愚痴に、耳を傾けてあげるときなのではないでしょうか。
愚痴がしんどいときにしてほしいこと
愚痴を話す人と物理的に距離を取ることを、自分に許す
「今日は外でランチしてきます」と伝えてみる。
どうして私がお金を払って外でランチしなきゃいけないの?と思うかもしれません。
それは、あなたの心の平和な時間、平和な場所への投資だと思ってみてください。
自分への投資は、自分へのやさしさであり大切にすることにつながります。
愚痴を言う人に「今日は私の話を聞いてくれる?」と言ってみる
愚痴を聞くのが嫌な方は、自分が愚痴を話すことを嫌う傾向があります。
自分が愚痴を話すことを許す経験を、してみることも大切です。
心のガス抜きだと思ってみてくださいね。
また、愚痴ばかり話す方は、それを自覚していないことも多いです。
あなたが愚痴を言ってみることで、相手の気づきになるかもしれません。
アドバイスしたくなったとき、自分のやさしさに気づくこと
愚痴を言う人の多くは、実は解決を求めているわけではないと言うことを思い出してください。
ただ聞いて欲しいだけだったりします。
「どうにかしてあげたい」と思うと、余計に疲れてしまったりするので、これは私の役割ではない、ということを思い出してみてくださいね。
親との関係を見直してみる
幼少期に親の愚痴を聞かされてきた経験がある方は、無意識のうちに「聞き役」をすることが自分の存在価値だと思い込んでいることがあります。
あのときの、聞きたくなかった自分の心の声に気がつくことも大切です。
あなたが愚痴の聞き役でなくても、愛される存在であったことを受け取ることも、とても大切です。
やさしさは、まず自分に向けて
愚痴の聞き役をしてきた方の愛は、とても深く、繊細で、相手を思いやるやさしさに溢れています。
相手を優先して思うやさしさゆえに、自分のことを置き去りにしてしまっていて、自分をやさしさの対象に入れていないことがよくあります。
自分の心の声を素直に聞いてあげて、
「私はどうしたいのか」
「私はどうされると嫌なのか」
これを感じ取るところから、始めてみてはいかがでしょうか。
誰かの愚痴を聞く前に、あなたの心の愚痴を、あなた自身が受け止めてあげて、寄り添ってあげてくださいね。
あなたのやさしさを、一番にあなたにかけてあげてくださいね。
お読みいただきありがとうございました。










