愛するみなさま、こんにちは。
まえじまようこです。
ブログを読んでいただきありがとうございます。
緑のまぶしい季節になりましたね。
みなさまは、ゴールデンウィークいかがお過ごしですか。
アメブロ「恋と仕事の心理学」に投稿しています。

3月に部署異動の内示を受けた私を襲ったのが「私はもうこの場所には必要ないんだ」というエゴの声でした。
エゴの声とは、傷ついた心から生まれた、自分を幸せにしないための罠のこと。
チャンスが訪れたり前に進みたいとき、このエゴの声は真実の声のふりをして私たちの邪魔をするのです。
エゴの声が聞こえてくるところには、私たちの傷みがあります。
自分の思いを受け入れてあげる、認めてあげられると、エゴの声は小さくなっていきます。
自分の思いを認めてあげることで、私たちの心は癒やされていくのです。
自分を認めてあげるチャンス
職場で、役に立てていないように感じてしまう。
パートナーは、私と会えていなくても全然平気そう。
友人たちは、私がいないときの方がなんだか楽しそうに見える。
「私は必要とされていない」そう感じるとしたら。
それは、自分を認めてあげるチャンスなのかもしれません。
「必要とされていない」という寂しさの裏側には、「必要とされたい」「役に立ちたい」という、あなたの愛が必ずあるからです。
「必要とされていない」という思いの根っこには、幼いころの満たされなかった思いや、ひとりぼっちの感覚が潜んでいることが多くあります。
過去の抑圧してきた感情をなかったことにするのではなく、認めてあげられると心は解放されていく、ということを学んだできごとがありました。
異動の内示に、涙をこらえた日
「まえじまさん、今ちょっといいですか」
上司に呼ばれたのは、誰もいない会議室。
嫌な予感は的中しました。こういう勘はよく働く私。
「4月から、B部署への勤務をお願いしたいと考えているんだけど」
上司にそう切り出されたとき、
「あぁやっぱり…」いつかこんな日が来ることを、私はずっと前から想定していたようにも思いました。
新年度まであと2週間となった、慌ただしい最中のことでした。
私は心理カウンセラーとは別に、もうひとつ仕事をしています。
19年携わった部署を離れ、4月からB部署に移ることになったんです。
異動の内示を告げられたとき、私はとてもショックで、頭の中が酸欠で痺れていくような感覚になったことを覚えています。
そんな中はっきり聞こえてきたのは
「私はもうこの部署には必要ないんだ」という声。
「私はもう必要がないから、だからここから出されるんだ」
繰り返し聞こえてくる声に強烈な孤独と悲しさを感じ、私は上司の前で涙を食い止めるのに必死でした。
慣れ親しんだ場所から離れなければいけないことで、私は居場所を失ってしまうように感じたのかもしれません。
それは、私が心の奥深くに閉じ込めていたある思いが、呼び起こされようとしていたサインでした。
「私は必要ない」思いは、妹といた日々から
もやもやと眠れない夜を過ごし、ふと蘇ってきたのは幼いころの思いでした。
私には病気だった妹がいます。
妹は幼いときに2回の手術を受け、今は元気に暮らしているのですが、家族の中心はいつも妹でした。
両親の、特に母の関心は妹に注がれていて、私はいつも少し離れたところから母と妹を見ていた記憶があります。
離れて見ていたように感じていたけれど、本当は心の距離を感じていたからなのかもしれません。
妹がいつも一番。
妹にお母さんを譲ってあげないと。
私は我慢しないといけない。
私は選ばれない。
私は愛されない。
私はいてもいなくても同じ。
私は必要ない。
19年かけてやっとこの部署が私の居場所になったと感じていたのに、またなくなってしまう。
あのときと同じように。
私の心は、幼いときの「私は必要ない」と言う感覚と深く結びついていて、反応していたことに気がついたのです。
「選ばれた」のに「出された」と思い込み
人事異動の理由が耳に入ってきました。
B部署ではある問題を抱えていて、それを解消するために人を入れ替える必要があった、ということでした。
同じ部署で長年一緒に勤めてきた同僚に、
「ようちゃんは選ばれちゃったんだよ」と不服そうに言われて、私はハッとしました。
この異動の真実は、
私はB部署に「選ばれた、必要とされた」なのかもしれないのに、私は自分のことを「もう必要ないから出された」と思い込んでいました。
私が異動になったことを、同じ部署の同僚は不服にまで思ってくれていたんです。
私、ひとりぼっちじゃなかった。
幼いころの私が受け止めることができなくて、抑圧するしかなかった「私は必要ない」という思いを、私はそのまま今現在に当てはめて見ていました。
私たちは、受け止め難い思いにどう対処したらいいのか、教わることはほとんどありません。
どうしたらいいのかわからないけれど、苦しいし辛いし感じたくないから、この思いはなかったことにしてしまおう。
心の深いところに抑圧して隠してしまうやり方しか、できなかったんですよね。
私が心理学を学んでいく上で、この抑圧してきた寂しい思いと向き合ってきたつもりでしたが、まだまだ昇華されずに残っていました。
これは向き合い直すチャンスです。
小さな私を膝に乗せ、本当の気持ちを聞く
私はイメージの中で、幼かったころの寂しさを感じている小さな私を、膝の上に乗せました。
小さな私は「本当はお母さんに話を聞いてほしかった、私のこともっと見ていてほしかった」
そうぽつりと言いました。
この言葉に、私は上司に自分の気持ちを聞いて欲しかったんだ、ということにも気づきました。
でも「私は我慢しないといけない」この思いがそれを阻止していました。
膝の上の小さな私は、静かに声をあげずに泣きだしました。
「私が寂しいのがお母さんに知れたら、お母さんが困るから」と。
私は
「そうだったね寂しかったね、お母さんの役に立ちたかったよね、お母さんはあなたのおかげで助かっていたと思うよ、いてくれてありがとうね」
そう何度も伝え心の中で抱きしめると、小さな私は安心したのかいつしか眠ってしまいました。
「私は必要とされていない」思いの裏側にあった「必要とされたい」という思いは、家族への私の愛でした。
この子をずっとひとりぼっちにしていたのは、誰でもない私でした。
ごめんね。もう、ひとりぼっちにしないからね。
感情は抱きしめてあげることが大切
過去の自分が感じていた寂しさ、悲しさ、怒りといった感情に寄り添い受け入れていくことで、私たちの心は少しずつ解放され、癒されていきます。
感情をなかったことにするのではなくて、すくい取って抱き締めてあげる、認めてあげることがとても大切なんですね。
過去の経験は私たちを作っている一部であり、その感情を認め理解することで、今現在の自分をより深く理解すること、受け容れることにつながっていくからです。
今回の異動というできごとで、私は過去の傷をまた少し癒すことができたように感じています。
「必要とされていない」と感じるとしたら、それは自分の中にある愛を認めて、成長するチャンスなのではないでしょうか。
あなたに救われている人が必ずいる
あれから、新年度になり2週間がたちました。
異動先のB部署では、いろいろと気を遣っていただき、私は大切にしてもらっているのを感じています。
自分の思いを認めてあげられてから、不思議と「私は必要とされているのかも」と思えてきましたし、
新しい風を吹き込むために異動になったのだと、今は思えています。単純なんです、私 笑
職場のオオムラサキの花のつぼみがどんどん膨らんでいくのと一緒に、私の貢献したい気持ちも大きくなっています。
もしあなたが「私は必要とされていない」と感じているとしたら、
あなたがこのブログを読んでくださることが、私にとって喜びになっているということを思い出してくださいね。
あなたの存在に救われている人が必ずいます。
私にとっても、あなたは大切な人です。
あなたの存在に心から感謝しています。
お読みいただきありがとうございました。ああ










